酒食和楽通信


<蔵元・食の店探訪>

飛騨古川の歴史と文化、

極寒の自然が醸し出す美酒「蓬莱」~渡辺酒造店






 高山へは幾度も訪れたことはあるものの、その先わずか一歩北にある古川は初めての街。岐阜県最北に位置する飛騨市の中心地である。この土地の風土に合った暮らしは、長い年月を経て熟成され、自分たちの生き方を作り上げてきた。
 和蝋燭に三寺参り…2002年に放送されたNHKの朝ドラ「さくら」の舞台となって、観光客が急増したのは当然であるが、それでも町の佇まいは変わらず、初めて訪れたのに、前に来たことがあるような思いを感じさせてくれる。つい長居したくなる落ち着いた町である。

 飛騨市役所にクルマを置いて、瀬戸川を散策しようと歩き始めると、飛騨古川まつり会館の近くに、司馬遼太郎「酛摺り(もとすり)の歌」の碑がある。平成元年3月、創業120年を記念し、杜氏たちのこれまでの労に感謝の意を表するため、酒造りの象徴ともいうべき「酛摺り」のブロンズ像を建立した。
 ここは銘酒『蓬莱』の蔵元、渡辺酒造店(飛騨市古川町壱之町7-7 
電話0577-73-3311 http://www.sake-hourai.co.jp/)であり、碑はこの蔵元のシンボルとなっている。(同酒造店の資料より)。店は存在を強く主張する訳ではなく、それでいて出格子など、風情のある登録有形文化財の建造物が146年の歴史と信頼を感じさせてくれる。あらかじめ飛騨市にある蔵元のチェックはしていたものの、生(ナマ)で見るべし、この碑に誘われて店を覗いてみた。

 

 決して広くはない店内は、やはり蔵元。酒を「売る」というより「造る」に主眼を置いた佇まいは、真摯に酒造りに携わる職人さんの自信が伝わり、キビキビと働く社員の姿が清々しい。
  暖簾をくぐって店内に入ると、一組の外国人が何の躊躇もせず、数ある銘柄の中から『蓬莱』を買い求めていく。その方は日本で暮らしており、機会があるたびに直接蔵元まで足を運び『蓬莱』を買い求める…と、笑って答えてくれた。
 そういえば、各地に日本酒の愛好家はもとより、杜氏を目指す外国人も増えて来た。全国に女性の杜氏さんも数多く活躍されており、物流の進歩と相まって、日本酒が世界に広がっていけば頼もしい限りだ。特にワインの歴史が深いヨーロッパでは、土地の料理と相性の良いお酒ということで、同じ醸造酒仲間の日本酒とのマッチングが新たに認識、期待されている。

 今回はお会いできなかったが、ここ渡辺酒造店のブレイズフォード・コディー氏はアメリカ・ユタ州出身。飛騨市出身の奥様とアメリカで結婚、現在は飛騨の町で酒造りに精を出す。
 最近、テレビや雑誌に、日本酒をはじめ、日本茶、陶芸、盆栽、刀鍛冶など、日本独特の文化が世界に紹介されて、多くの外国の方がその魅力にハマっている。日本人以上に日本をよく知る外国人も稀ではない。その道を究めようとする同氏に心意気をじっくり聞いてみたい。次の機会にはぜひお会いしたいものだ。

 余談だが日本酒と蕎麦。江戸時代からこの組合わせは切っても切れない関係がある。蕎麦を注文すると、粉を挽き、麺を打ち、茹でて仕上げる風景は見るだけで垂涎ものだが、この時間をゆったりと過ごすための必需品、これが日本酒である。
 注文すると同時に箸を持って、早くして!と、いかにも江戸っ子らしいせっかちな客もいれば、この待ち時間にゆったりと酒を楽しむ人もいる。これが粋人だろうか、生き方に自信と余裕を感じさせてくれる。ということで、日本酒を置いていない蕎麦屋はない。飛騨の蕎麦屋も、もちろん地酒を用意しているが、こういった『蕎麦を待つ間に一杯」、こんな風景を見る機会が減ったのは残念。私自身、初めて訪れた飛騨で美味しい蕎麦を頂いたが、飛騨の何も分かっていないのに、飛騨のすべてを知ったかぶりで家族や友人に話すのも愉快だ。
 
 店内の「ブログをお書きくださる皆様へ、ご自由に写真も撮影してください」壁面に貼ってある手書きの一枚は、一気にお店との距離を縮めてくれる。こんな心遣いがたまらなく嬉しい。店頭に立つ女性社員の応対も心地よく、とにかく知識が豊富で話が楽しい。  


 瀬戸川沿いに植えられた柳のように、風雨に晒されてもしなやかに風に任せて揺れながら、決して折れない強さ、逞しさを持った飛騨の蔵人が飛騨で美味しい酒を造り、育くんでいく。
 蔵元の渡辺久憲さんは、【私たちは、「機械による大量生産の酒造りを断固拒否します」造り手である私たち自身が旨いと思える酒。大切な家族、親しい友人に安心してすすめることができる酒。そんな日本酒を造るために、とことんこだわり貫く】強い信念が146年の歴史を積み重ねてきた原点であろう。
 渡辺酒造店は、純米大吟醸から本醸造、焼酎、甘酒はもとより、スイーツ・食品にも興味深い商品が揃っている。飛騨の名門蔵から究極の酒スイーツ。開封と同時にふわっと香る大吟醸の爽やかな芳香。新発売の『お酒のチョコレートケーキ』どんな味なんだろうか?コーヒーに合うのかな?それともお酒の肴?思わず笑みがこぼれる。
 近くにカフェ・喫茶店が見当たらない。この蔵にそんな店があれば、スイーツ目当てのお客さんが瀬戸川散策の疲れを癒すオアシスになるかも。採算を考えたことはない、身勝手な妄想である。
 
 
 物流の発展が酒の造り方を大きく変えた。全国にあまたある蔵元はその昔、その地域で消費される量だけの酒を造れば暮らしが成り立った。それに見合う規模で作ることが出来れば、総勢1人でも2人でも企業として成り立ったのである。
 現在は物流システムの進歩により、どこにいても全国各地の酒を味わうことができる。消費者にとって、これほどありがたいことはないが、蔵元はマーケットが広がった分だけ競争が激化していくのだ。こんなことを考えながら「やはり蔵元の産地で頂く地酒は格別」という思いに達する。買い求めた『蓬莱』、埼玉・川越に持ち帰って、飛騨古川で呑んでいる気分で1週間の夢物語。贅沢な、いい出逢いの旅であった。
 2016年6月16日
 国土 敏明(ケイ・ワン・プロジェクト代表取締役)