I蔵元・食の店探訪

本川越駅前に、讃岐人が舌を巻く旨さの本格讃岐うどん店

才谷屋うどん  浅野 恵一さん(埼玉県川越市)












 筆者の私は讃岐で生まれ育ちました。食卓にうどんのない日はないという、他の地域の人には理解できないほど、うどんは讃岐の食文化に浸透しています。毎朝近所の製麺所で打ちたてのうどんを買い求め、出汁は家庭で作り、来客時にはうどんを振舞っていました。まさにうどんは別腹。我が家だけではなく、どの家でもお茶代わりにうどんを出すのがこの地域の日常なのです。薬味は生姜と庭先で育った青ネギ、そして地元産のかまぼこ、ちくわを薄切りにしてそれぞれ45枚。当時は家庭とお店の味の違いがあまり無かったですね。

讃岐を離れて半世紀近くにもなりますが、この味を忘れることはなく、時折り自分でうどんを打つのです。もちろん職人の味には遠く及びませんが、それでも自作のうどんは特別なもの。出汁のいりこ(カタクチイワシの煮干し)は当然、観音寺の伊吹島産。醤油は小豆島マルキン醤油(マルキン忠勇)の薄口。せめて材料くらいはと奮発するのですが、「この先は専門家に任せた方がいいんじゃないの?」と、うどんに言われているようで。







 そこで巡り合ったのが西武新宿線「本川越」駅のすぐそばにある讃岐うどん「才谷屋」さん。私は評論家でもなく、知識もない。ただの讃岐うどん大好き人間、旨ければそれだけでいいんです。うどん好きの方ならきっとご存知の麺通団の、どなたかが言っておられました「麺にエッジが立っている」つまり11本の麺の切り口のカドがしっかりと立ち、丸くなっていない。これを見ただけで美味しさが期待できます。そして店に漂ういりこ出汁の香り、これはオーナーに話を聞くしかありません。


 ――オーナーの浅野恵一さんは、土佐の高知で讃岐うどんに出会い、讃岐・観音寺が本店の「将八うどん」で修業されたと伺いました。将八うどんは地元でも美味しいと評判のうどん屋さん。観音寺出身の私も、帰省のたびに通っています。関東の川越でお店を開かれた訳ですが、ご出身が川越ですか。

 出身は東京なのですが、父の仕事の関係で浦和に、さらに川越に来たのが幼稚園の頃でした。僕は坂本龍馬が好きで、サラリーマン時代に高知へ旅をしました。そのときに高知で食べた讃岐うどんがとても美味しくて、その足で香川へ立ち寄ったのです。この味が忘れられなくて、仕事の合間に讃岐へ通い詰めました。



 
 前から商売をやりたいと思っていて、調理師学校で料理の勉強を始め、縁あって香川の将八(しょうはち)うどんで讃岐うどんの修業を始めました。本店が観音寺、そして丸亀、しあわせさんこんぴらさんのお膝元・琴平の各店でお世話になりました。
 香川県三豊市にさぬき麺機という、うどんを作るための機械メーカーがあり、ここに香川県から委託を受けた「讃岐うどん科」という讃岐うどんの職人を育てる教育施設があるのです。こちらでも基礎から学ぶ機会を得ることが出来ました。
 
その後、本場香川で店を持たないかという話もあったのですが、商売を始めるなら埼玉の地元でという気持ちを優先し、川越での物件探し、開店準備を進めるうちに東京麺通団にお世話になって、何とかここまでたどりついたところです。

――関東と関西の食文化の違いはかなり大きいと思いますが、川越で讃岐の味は冒険だったのでは。

 
もちろんそれはありますね。今でもそうですが、「私が感動した味を、そのまま伝えたい」が使命と考えております。本場と違ったものを出すなんて全く考えておりません。材料、製法も讃岐で学んだものに加えて自分の考えを取り入れてやっています。

――セルフの特長、利点は。注文したものが出来上がっていく過程を直接見ることができるのは最強の信頼を得る方法ですね。





常にお客様の目が届くところで仕事をしています。一般店は厨房がお客様の目に触れないケースが多いですね。待ち時間の気持ちは大きく変わると思います。完成した商品の品質だけでなく、作業風景も商品のうちと考えることもできるでしょう。

――うどん店、ラーメン店を経営されている方は、独特のこだわりをお持ちの方が多いですね。






そうしないと僕が店をやっている意味がないのです。これでお客様が満足して頂ければ喜びではありますが、中には「煮干し臭いなぁ」とおっしゃる方もおられます。いりこ出汁を香りととるか、匂いと感じるか。これが生命線であるだけに、文化の違いと割り切ってしまえばそれまでですが、時間をかけてこの味に馴染んで頂ければと期待しています。

――関東近郊で讃岐うどん店を経営されている皆さんの、相互協力がとてもしっかり出来ていると感じました。材料、メニュー、顧客の好み、動向などの情報は、密に交換しているのでしょうか。

一例ですが、讃岐で一緒に修業した茨城県水戸の「糀や(もみじや)」さんは、店を始める前の立ち上げからお手伝いをしたり、懇意にして頂き、情報交換を行っています。営業形態は一般店。古民家を改造した、いい雰囲気の高級店です。やり方は才谷屋とかなり違いますが、学ぶ点は多いですね。「たらいうどんの椛や」ということで、出汁には苦労されているようです。いりこ出汁が必ずしも受け入れられないこともあり、ここでは讃岐うどんを押出すことなく営業されています。地域に合った味作りも一つのカタチですね。私のところでは鰹節は一切使っておりません。研究の結果を相互に検討する場は常に持っています。

――才谷屋さんに通う、ほとんどのお客様が「ご馳走様、美味しかったよ!」と声をかけて帰っていく姿が印象的です。初めてのお客様は、加えて「また来るよ」の声が掛かっていますね。固定客、つまり常連のお客様は多いですか。また性別、年齢層は。時間帯による個性はありますか。

遣り甲斐がありますね。常連のお客様は全体の3割を超すくらいでしょうか。リピーターの方は随分多くなりました。「いらっしゃいませ」と言うより「こんにちは」の声をかける機会が増えてきましたね。昼食時は近くのサラリーマン、の方々が大半を占めます。また女性のお客様が意外と多いんです。年齢幅は広く、若い女性がお一人で見えるケースも驚くことではありません。
 女性が一人で食事をすることにためらいをお持ちの方は、今でもかなりおられます。そういった中でお見えになるお客様は、讃岐うどんが好きなのか、あるいはお店の雰囲気がいいのか、さらに両方を兼ね備えていると判断されたのか、才谷屋のファンが増えているのは嬉しいですね。

――ランチタイム後の客層は。
 
ご承知のように、近くには高校が沢山あります。試験が終わった後にグループで来てくれたり、夕方には近くの塾生や、会社帰りのサラリーマンが利用してくれています。

――近くにこんなに多くの高校がある訳ですから、高校生のターゲットを見逃すことはないですね。

私立高校の校則がなかなか厳しくて、登下校時の外食がままならない。公立はそれほど厳しくなく、先生と遭遇しても問題なくやっているようです。絶対数が多いので、大切なお客様と位置付けております。

――川越独自の食文化を標榜できるものなら、学校に話を持ち込んで、教育現場以外にも情報の収集など、サロン的な時間帯もあってもいいかなと思っていたのですが。川越で讃岐うどんでは理由がないですね。ファストフード店としての位置づけから、学生割引があるそうですが、その方法と効果は。

実は今は、やってないんですよ。大盛1人前を割引注文して、2〜3人でシェアしてしまう。凄いことを考えるもので、さすがにギブアップしました。今、「大食漢大歓迎」のサービスを考えているのです。香川県のあるお店では、規定時間に釜揚げうどんを2杯食べるとタダになり、3杯完食すると1年間うどん食べ放題というサービスを実施しているところもあります。才谷屋独自のアイデアで川越に相応しいサービスを実現出来ればいいのですが。
 
高校生が沢山来られるので、うどんを食べて貰いたいのと、讃岐うどんという食文化を若い人たちに分かって貰いたいということで、自分のスタイルでの新しい挑戦を試みたいと思っております。

――もっともっと、うどんに興味を持って頂きたい。

何度も来て頂くお客様でも、うどん好きでない方もいらっしゃいます。こういった方々を、どうしてもうどん好きにさせたいという願望が常にあります。店の一部に讃岐うどん、四国八十八か所、地域のニュースなど、旅と食に関する資料を揃えています。こういった資料を示しながら、讃岐うどん好きの方を増やしたいと思っています。

――開業されて間もなく3年になりますね。今後のビジョンをお聞かせください。

本格的な讃岐うどんを多くの方に味わって欲しい。創業時からの夢です。具体的には、店舗数を増やしていきたいですね。今は職人として精一杯動いておりますが、自分がいなくても店を任せられて、自分はグローバルな目を養って経営に力を入れて、讃岐うどんの魅力を広く伝えていきたい。開店当初から考えておりますが、なかなか難しいものだと感じています。
 
今年3月の東日本大震災のときは、お客様が減りました。直接の被害は無かったのに、停電等の影響は大きかったですね。営業できないですから。あのときはきつかったですね。今は大分落ち着きを取り戻し、売上も回復してきました。

――今後の課題は?香川県ではうどんの茹で汁の排水処理に苦慮しているようですね。環境問題をストレートにうどん店にぶつけてきた。川越の一軒のうどん店だけで解決できることではありません。飲食店業界全体で対応することになるでしょうか。

香川県は下水道の普及が遅れているので、垂れ流しが多かった。そこで浄化槽の設置を要求されてきたのです。丸亀市の知り合いの店では、自治体からの補助により300万円ほどの設備をしたと言っていました。幸い、川越は浄化槽がしっかりしているので全く問題はありません。

――小麦粉の価格が急騰しています。経営努力で吸収するか、価格に反映させるか、選択肢は少ないですね。

小麦粉をはじめ、食用油や他の食材の価格アップも見過ごすことはできません。何年か前に香川県でも経験しました。オーストラリアの干ばつによって、讃岐うどん用の小麦ASW(オーストラリア・スタンダード・ホワイト)の価格が急騰しました。農作物の価格は自然環境に左右される部分も多いだけに流動的です。企業努力が必要なことは言うまでもありませんが、避けては通れない、頭の痛いテーマですね。

――香川県が讃岐うどん用に開発した県産小麦「さぬきの夢2000」が、確か05年頃に出ました。いかがでしょうか。

うどんに加工した時のモチモチ感や小麦本来の香りが特徴の小麦です。うどん用小麦として現在主流のASWと比べ、タンパク質が1%以上少なく、なかなか麺として繋がらない、麺の持ちが悪い、値段が高い、などの印象もあり、かなり厳しい評価でした。うどん店としては、長年使ってきた小麦を変えて客離れが起きないか、産地が香川県だけということもあって、気候により安定した生産が保証されないのも理由の一つと聞きます。値段が高くて扱いづらいとなれば、使う意味がないのではないかということで、その後開発された夢は、価格はあまり安くはならなかったものの、扱いづらいというところをとかけ合わせて補正するという感じになりました。その分、夢2000の個性が薄くなってしまったところもあります。

――どんな製品にも長所と短所は合わせ持つもの。夢2000のままで個性を生かす、思い切った方法もあると思いますが。

僕の知り合いで高田馬場のうどん蔵之介さん、東村山の野口製麺所さんのように「さぬきの夢の日」を作って活動されているお店もあります。2軒のうどん屋さんの高度な製麺技術があるからこそ、扱いづらい「夢2000」も、その特長を生かして美味しく仕上げているのですね。香川県産の小麦で作ったというメッセージは十分に伝えられるブランドです。

――個人的なメニューの希望を。トッピングにアジのてんぷらがあれば必ず頂きます。そして、皿に盛ったちらし寿司と、もうひとつおでん。浅野さんはよくご存知だと思いますが、ちょっと甘めのちらし寿司と讃岐うどんは、生姜の風味と相まって地元のサラリーマン、特に車で走る営業マンの定番。ついでに甘辛く濃いタレのおでんがあれば言うことなし。川越のお客様に受け入れてくれるでしょうか。関東では、この組合せメニューを見たことがありません。

青モノの魚では、イワシのてんぷらを出したことはありますが、独特の生臭さもあるようで、下調理をしっかりしてもなかなか取ってくれません。また、いなり寿司やおにぎりについて、四国では定番のうどんとご飯ものの組合せは、関東では受け入れられない。難しいところではありますが、バラ寿司は考える余地があるかも知れません。食文化の違いは、こんなところにも顕著に出てくるものですね。おでんはやっているのです。おでん味噌も揃っていますよ。ただ夏場は厳しいものがあります。うどんとおでんの組合せも関東では習慣が無いようです。

――大阪のお好み焼きメニューに、定食があるのと同じですね。地元では人気メニューですが関東には馴染みがない。浅野さんは讃岐うどん一徹ですね。

僕の中では、讃岐うどんを突き進もうと思っています。讃岐うどんファンの方にはマニアが結構多いんです。そういう繋がりのようなものがあって、このような方々が讃岐うどんに徹したこの店を喜んでくれています。心強いかぎりですね。定期的に集まって歓談したり、そこにうどん屋の店主も合流して、情報交換などもしております。

――営業地域が離れるとコンペジターにならない。なおさら横の繋がりがしっかりできるのでしょうね。

本音で話すことができるので、これは大切に続けていきたいですね。そして毎年1回は香川に行くようにしています。本場の讃岐うどんをしっかりと作り続けていくつもりです。

――讃岐うどんを次世代に繋ぐ役割も大きいと感じました。ありがとうございました。

聞き手    国土 敏明 (ケイ・ワン・プロジェクト代表取締役)
撮 影    五頭 輝樹 (MCS協同組合理事長)