酒食和楽通信


<酒と食の技術と経済>


復活 日本初のビール麦「金子ゴールデン」

渡邉 和嘉(東京あおば農業協同組合 総務部長)



早生で草丈が低く、栽培しやすい
 ビール麦・金子ゴールデンは明治33年(1900)北豊島郡中新井村(:東京都練馬区豊玉南)の金子丑五郎翁によって、六条オオムギの四国とゴールデンメロンの自然交雑によって生じた雑種の中から、わが国初のビール麦を選抜育成しました。その品種は二条大麦「金子ゴールデン」と命名され、早生で草丈が低く栽培しやすいので、関東一円に栽培が広がり、わが国初期のビール醸造に大きく貢献されました。









 昭和2年には大泉村(:練馬区大泉)農会が農家107名でビール麦耕作組合を組織し、ビール会社との契約栽培が行われました。その後板橋、練馬で栽培が広がり、戦後板橋、練馬、石神井、大泉の農協に耕作組合が組織され、やがて東京都ビール麦協議会へと発展し、ビール会社、洋酒会社に納入するようになりました。
 平成14年、金子丑五郎翁の偉業とビール麦生産に携わった多くの生産者の功績を後世に継承しようとの声が澎湃としてわき起こり、独立行政法人農業生物資源研究所に保存されていた金子ゴールデンを取り寄せ栽培は復活しました。

昔ながらの醸造工程でじっくりと
 平成15年2月。十数粒の種を蒔き収穫した種を、その年の11月にまた播種し、翌16年6月に40kgになりました。JA東京あおばの地域では野菜生産が盛んで、田圃は窒素分が多く、草丈が伸びて倒れ、雨に浸かるなど、思うような収穫は得られませんでした。それでも翌17年6月には600kgを超え、麦芽を造る目処が立ちました。
 ビールを醸造する工程は、麦を収穫して
@製麦(麦芽をつくり)
A仕込み(麦芽の破砕、麦芽の糖化・ろ過し麦汁をつくりホップを入れる)
B発酵と熟成(ビール酵母を添加、発酵・熟成させる)
C仕上がったビールをビンに詰めます。

 黎明期のビール麦である金子ゴールデンは、六条大麦の四国の早生で短稈という特性を有し栽培しやすい半面、その成分特性も受け継いでいます。すなわちβ-グルカンが一般的なビール麦に比べ、約1.8倍です。このβ-グルカンが仕込みの段階で混濁が生じ、ろ過の段階で目詰まりが起きやすくなります。β-グルカンを減らすため、発芽日数を多くするなど、手間隙が掛かるという弱点があります。今日の大量生産には向きませんが、昔ながらの醸造工程でじっくり手をかけると美味しいビールができます。

 こうしてわが国ビールの黎明期、明治の味が復活しましたが、これはわが国、地ビール業界でも例のないことです。

 平成181016日、ビール麦・金子コールデン記念碑除幕式・記念式典を迎えました。会場で振舞われたビールを飲んだ参加者は「初めに苦みが口に広がり、その後に甘味が広がる」「今のビールにない、深みがある芳醇な味だ」などと好評を得ました。また、「是非とも継続して生産・販売するといい」「1回で終わらすのは、もったいない」など、継続的生産・醸造を望む声も多くありました。これらの要望・期待にこたえるために、どのように農業振興と結びつけた金子ゴールデンの生産を行えるのか。販売ベースに乗せるための生産量を確保できるのかなど、新たな課題をいただきました。
 金子ゴールデンは日本ビール文化のルーツであり、ロマンです。JA東あおばは、この生産・醸造に多くの地域住民の力を借りて、これからの金子ゴールデンの物語の続きを創っていこうと考えています。

この文章は「月刊 現代農業」(社団法人農山漁村文化協会発行)2007年2月号に掲載されたものを、許可を得て本欄に掲載しました。